経営は継続の先に光明あり

2017.11.15

【 継続の重要性 】
                        

物事は継続をして初めて良いものになる。
価値が大きければ大きいほどにその継続と維持は要求される。

                                         

もちろん,途中で諦めたからといって叱責を受けることでもない。
ただし,その結果はすべて自分自身に帰ってくるのである。
余分に帰ってくることはまずない。

経営において重要なモノを考えるとき,その列挙にはそれほど困らない。
それらは,今すぐに始めなければいけないモノ,まだ始めなくても良いけれど準備だけは
しておかなければいけないモノ,あるいは既に始めていなければならないモノ,
など分類も様々である。

その上で,これらの全てに共通することは「継続」である。
経営でも事業でもそれはどちらでも良いのだが,継続してこそ初めて価値が生まれる。
改善や再生,成長や飛躍もそうである。
いま目の前の事を無心に継続することが大きな価値を生む結果となる。

言い換えれば継続は原因で価値は結果である。
このブログのシリーズでも原因と結果についてはくどいと思われる程に取り上げている
言葉であるが,継続と並列に書くのは初めてだと思う。

かくいう私も,このブログの継続には手を焼いている。
それが証拠に初めは毎週掲載できていたが,
今や一月に一回の頻度になりそうであることを否めない。
なんとも情けないと思う反面,書かないのではなく書けない状況にある自身の立場を
支えてくれている仲間に感謝をしている。

                        

生来,私は個を愛しており,群れることを嫌うというか,群れられないというか,
とにかく団体行動ができない人間であることを承知している。
その私が,支えてくれている仲間の継続にこうべを垂れるが如く,
個の範囲を少しずつ広げ一つの輪(和)を形成させつつある。
まさに,仲間の継続が為せた結果である。
無論,私自身,その輪を煙たく思うこともなく,どちらかというと居心地よくさえある。

このように,継続するそのモノは,継続する事によって,その性質や考え方までをも
変えてしまうほどの力を潜在的に有しているのである。

経営は日々改善の継続である。そして試行錯誤の継続でもある。
その継続なくして明日の価値や光明は生まれることはないし,成長し得ることもあり得ない。
どれほど辛く苦しい環境であっても,それがどれほど継続するに酷い環境であっても,

継続をやめるということは,リタイアしたこと(死に体い)と同じである。
絶え間なく継続する必要はなくとも,一日,一歩の継続は必要である。

さて,皆様にとっての日に一歩の継続とはどのような事か,
深く考えてみてはいかがでしょうか。
ちなみにこれも継続するモノの一つです。

※死に体い=相撲用語で姿勢のバランスが崩れた状態を指す.
この言葉が転じて、レームダックとほぼ同義の政治用語。